感情という名の、あふれる文字たち

文章をかきたくなったので、ひさびさにブログを書いてみる。

 

唐突に、じぶんのセクシュアリティについて。

これはもう、何度も談義を、じぶんのなかやレズビアンのともだちと重ねてきて、現在は博愛主義者だと思っている。(わあざっくり!)

ちなみにわたしは、20代なかばの女性である。

いまは男にも女にもなりたくないので、ジェンダー用語をもちいれば、Xジェンダー(無性、両性、半陰陽)のなかの無性というものに該当するかもしれない。トランスジェンダーについてはあまりくわしくない。が、半生をふりかえれば、同性とつきあったことは一回、いわゆる二丁目のイベントに赴いた数はたくさん。いままで、なんとなく「わたしはきっとバイセクシュアルなのだろうな」とぼんやり生きてきた。

セクシーな女性をみればどきどきしてしまうし、銭湯や大衆浴場は気が引ける(いけないわけではないがはずかしい)。

 

これはジェンダーというよりも個人的な意見だが、「女性らしく」ということばが嫌いだ。雑誌も、おんなのひとの集まりという認識しかない。そこには嫌悪感すらある。長髪、ワンピース、ネイル。そうやって生きているひとたちが嫌いなわけではない、それらをじぶんにあてはめたときに、身震いするような嫌悪感が胸にこみあげてくる。それは悲しく、ある意味不可解なものだ。

それでも、いままで男性ともふつうに交際してきたし、性的機能はきちんと女性のものがはたらいている。

でもこの話題にかんしては、そもそもわたしの幼少期のトラウマがおおきく関係していると思うので、生まれながらの性質ではないかもしれない。~かもしれない、しか言えない部分が大きい。それぐらい、じぶんのセクシュアリティについては不可解な部分がたくさんある。巨大な迷路にまよいこんでしまったような錯覚を覚える。

 

私事だが、わたしは、少々独特な価値観を持つ母のもとで過ごしてきた。

母は、おんなのこらしいものが好きで、それ以外はまったく好きではないひとだった。すごくひらたくいってしまうと、ピンクのスカートとか、レースのフリフリとか、ロングヘアー。これらは彼女のなかで「おんなのこ」として、圧倒的な存在だった。

ざっくり、ほんとうにざっくりいってしまえば、これ以外のものは「おんなのこ」ではない。好みではないともいう。

そしてわたしは、生まれるまえにひとりSM設定をしてきたのか、いわゆる世間一般の「おんなのこ」らしい4つ上の才色兼備な姉という、人生最大のハードルともいえる存在とともに育ってきた。あきらかな比較対象がおなじコミュニティに、それも人生の大部分を過ごす「家庭」というコミュニティにいるのはつらいことだ。わたしは単純で素直な人間なので、ひとのことばを真に受けて寝込むようなタイプだ。そんな人間が「おかあさん」という絶対的な存在にグサグサと包丁で刺されるようなことばをことあるごとに言われつづけ、よく自殺しなかったと思う。ほめてやりたい。20代なかばまで、よく曲がらずに育ってきたと。(いや、曲がっているのか?)

 

ここまで書いてきて、なんともじぶんに甘く、またじぶんをねぎらうためだけの文章だと感じているが、感情の整理と癒しを目的としたブログなので、よしとする。

 

母とわたしは好みが正反対で、そんな母のもとに生まれ育ったにもかかわらず、自我が育ったわたしは、中学校~高校はほぼショートカットで過ごした。

わたしは母の定義する「おんなのこ」が徹底して嫌いだったのと、なんともくだらないなあと思って見ていたので(この辺はわたしも頑固でありゆずらない)、怒られるとわかりつつも毎回ベリーショートにした。

その根底には、「ほかのおんなのこといっしょになりたくない」「埋もれたくない」「個性をわかってほしい」など、思春期特有の、反抗心もあったのかとおもうが、まあ一言でまとめてしまえば

個人の好み

である。

それに対して、母は「サルみたい」「そんな髪型じゃどこにも連れていけない」「ふつうにしていればかわいいのに」などなど、そりゃもう「お前のことズタズタに傷つけてやるよ」オーラ全開で、ごはんをつくってくれなくなったり、口をきいてくれなくなったりした。ごめんね、おかあさん、嫌みっぽく、かきます。

ここは、むかしのわたしをあますことなくさらけだして、まとめて、癒すところなので。

 

とはいいつつ、ここに書いてきたことは、「わたし」というフィルターをとおして見た世界だということを添えておく。

わたしがわたしという感性をもっておらず、もっと反抗心や独立心にあふれ、中途半端に相手をゆるし、じぶんをゆるせない人間でなければ、もっとちがう見解があるだろう。


ここには、わたしが感じた正直な怒りや、不安を、ぶちまけていこう。


つづく。